抜粋 エジプトコスモスの神殿

「ギリシャ人がファラオの国にAegyptosという名をつけたが、実際、本来の名称は常にケメトであった。これは『黒い大地』という意味であり、ナイルの地およびナイル峡谷の豊かな耕作地に言及していた。」 

ギザの台地にある三つのピラミッドとその周囲の他のピラミッドは、高度な工学の傑作である。それゆえ歴史上最も古く、謎に満ちたあらゆる建造物の中で名誉ある地位を得ているのだ。」

 「ペル・ラムセスの再現図は、曲がりくねった通りや、広々とした建物、湖畔の宮殿等を示している。…研究により、ペル・ラムセスは30キロメートル以上に渡り、50万人以上の住民がいたことが判明した。」

 「ミイラを自在に冒涜しようとする、悪意のある多くの人々から守ろうとする試みは常にあったが、19世紀末のヴィクトリア朝イギリスでは、ミイラ開封セッションは6シリングの値段で楽しめたという現実がある。」

 「ファラオ、ツタンカーメンの呪いは、かなり前から予告されており、若き王の埋葬室に入った多くの人の死をもたらした。1923年2月23日に墓が公式に公開された後の、カーナボン卿の死は、奇妙な状況に包まれていた。」

 「墓泥棒は巨大なビジネスとなっており、それが続くのを防ぐために、ファラオの眠る場所を変えるという策略を行うに至った。これにより、多くのエジプト学者が、いくつかの埋葬を発見したとき、本物のミイラがそこにないことを発見した。盗賊を驚かせるために作られた偽の墓だったのである。おそらくはそれゆえ、ファラオは安らかに眠っていないと告げる古文書が存在するのだ。」

 「最近エジプトで為された発見の一つが、ハワーラ高原の地下にある謎めいた「地下都市」アメンエムハト3世の迷宮とピラミッドの発見であった。歴史そのものに対する無数の答えを明らかにし得る、エジプトのこの驚くべき地下迷宮の存在について知る者は、ごくわずかしかいない。」

 「歴史に残るカデシュの戦いは、伝承によれば、よく知られたシャルダナの精鋭衛兵が参加したもので、ラムセス2の勇敢な戦闘軍と、不屈のシャルダナの支援の両方があったからこそ、成功したのである。...これらの戦士達の勇気と技量は、アブ・シンベルやカルナックなど古代エジプトの他の場所でも、忠実な兵士として称えられている。

 「偉大なファラオ、ラムセス2は、アブ・シンベルの壮大な建造物を造った。だが、なぜこのような巨大な建物が造られたのか、また、入り口の通路が非常に狭いにも関わらず、巨大な彫像を多柱式ホールの中に配置し、さらに信じられないことに、毎年非常に正確な日に、太陽の光がその内部に入るようにさせたのか、納得のいく説明はあるのだろうか?

 

 

 

 

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